WALTZ

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OFURO RESPONSE

日ごろのあわただしい生活、忙しさにも慣れていくことも大事だけど

時々住んでいる土地から離れて、世の中にあるいろんな時間の流れ方を

知るのもやはり必要なんだと思う。


お盆の数日前うちの静内の爺ちゃん様が亡くなった、悲しかったというか

人ひとりの人生が終わる時というのは重たい、ずしんと。


爺ちゃん様は、生まれてから母親の再婚相手に虐められ、

唯一の姉の元へ満州へ渡る。

帰ってきて職につき、婆ちゃんと結ばれて4人の子供が生まれて

その子供が自分だ。

葬式には、爺ちゃんの親戚は1人もいなくて、爺ちゃんの姉の子供達が参列していた。


はじめて爺ちゃんの幼少期の写真からの時の流れを見た、

知らない爺ちゃんの姿と、自分が知っている爺ちゃんの姿と。


人生の中で「いくつまでに何かをしなければ」とか、自分の目標を決めて

そこにたどり着く為に何をするかとか、よく考えていた。

ただそれは「年齢に限界を左右されるような生き方」なのかな、

到達点は未だ遠くにあるけど、少し考える軸をずらしてみようとも思う。

芯にある部分は変えずに、少し軸を振ることでまた新しい視点が見えるかもしれない。



空気が、決してひとつの場所に停滞することがないように

波が、絶えず呼吸を繰り返しているように

地球に住んでる自分たちが変化しないことなどない。

だから少し変化を楽しもう。

今までそれは自分にマイナスになると思っていたことも、

前向きに考えるとプラスのテーゼとなるかもしれない。



先日夜中2時に起床し、トマムへ走り「雲海」を見に行った。

5時には到着したが残念ながら当日は天気が良く雲海は顔を見せてくれなかった。

だけども、早朝の空気と木々の匂いと鳥の声は格別であった。

日々の生活と非日常の自然の接触

雲海を見れなかったことが、また来ることへの後押しになる。

必ず見えるものなど、変化を楽しむことにはならない、

だから見れなかった雲海に感謝。

また必ず行こうと思う。

from YUTA


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by kingyoyuta | 2010-08-18 18:09 | azimuts